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​『MIWA 25-01』 2025年 F3号

 Oil  on  canvas  27.3×22㎝

​『MIWA 25-02』 2025年 F3号

 Oil  on  canvas  27.3×22㎝

2025年からの作品について                  永原トミヒロ

 20年以上続けて描いてきた地元の風景(忠岡町、岸和田市、泉大津市、和泉市など)ですが、自分の中では「描ききったかな」という感覚が2、3年前頃からありました。また、同じ時期くらいから大学時代に人形浄瑠璃文楽を卒論テーマにしていた娘の影響もあり、文楽をよく観にいくようになりました。人形遣いの技術、人形の衣装や舞台美術の美しさ、義太夫節と三味線の音楽という総合芸術としての「文楽」の面白さを知るようになりました。文楽といえば、大阪を舞台にしているものが多く、実家から近いところにもその舞台となったところが多く存在します。実際にそこへ行ってみると現在ではもちろん変わり果てているのですが今まで感じていた(私が見ていた)風景が「文楽の舞台」になっていると思えば全く違って見えました。今の流行りで言えば『聖地巡礼』となるのかもしれませんが、「この場所を描いてみたい」と思うようになりました。 2025年になって初めて文楽ゆかりの地を描いたのは兵庫県尼崎市にある近松公園付近です。名の通り戯曲を書いた近松門左衛門の家があったという場所です。その作品には今までと同じように人物はおらずブルーグレイの作品です。見た目的には今までの作品とほとんど違いはありませんでした。私自身の中では違う場所を描いた、という感覚はあったのですが、今までの作品を知っている人が見れば、今までとあまり変わりはないなぁ、と感じるのではないでしょうか。 作品の中に人物を入れるということは、今までも何度となく考えていたのですが、どのように、どんな人物を入れるのかということがたいへん難しく避けてきました。同じようなスタイルの作品を描き続けているうちに変えることが怖くなっていたのだと思います。20年以上も描き続けたためか、吹っ切れて、「人物を入れてみよう、いや、人物を入れたい」と思うようになりました。 もう一つの要因として、油絵講座と美術史講座を担当しているホールで公演を2つプロデュースしました。自分が企画した公演にこの人に出演してもらいたい、この人にこんな舞台をやってもらいたい、という思いがあり、そこから自分の作品にも歌川広重や北斎、小林清親などの作品の人物を登場させたいと思うようになりました。現代の風景に江戸時代や明治初期の人物を入れると違和感が出ますが、人形浄瑠璃文楽では結構あります。例えば近松半二作『妹背山女庭訓』では大化の改新の時代のお話ですが、江戸時代の酒屋の娘(お三輪)が出てきます。お三輪の登場により話が急に展開していくのですが、見ていても不思議と違和感はありません。木ノ下歌舞伎の主宰の木ノ下裕一さんは、「大化の改新が行われた時代の話の中に江戸時代の酒屋の娘が入り込んでくることにより物語にテンポが出る。異物(この場合はお三輪のこと)が入ってくる面白さ」と語っています。私がやろうとしていたことも、これに近い考えだったのかと納得しました。 今の風景に現代の人物をそのまま入れると、風景の見え方が決まってくるおそれがあります。そこに時代も違う、その風景ともあまり関係のない人物?が入ることで風景は動き出すのではないでしょうか。作品に人物を描く、というよりも私の作品の中に出演してもらっている、といった感覚の方が合っていると思います。

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